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INTERVIEW 2022.07.01
「かごしま深海魚研究会」代表、大富教授が語る、錦江湾深海魚の話 〜その1〜

「かごしま深海魚研究会」代表、大富教授が語る、錦江湾深海魚の話 〜その1〜

約30年前に鹿児島大学水産学部に赴任し、水産資源生物学を専門に研究する大富潤教授。2020年8月に「かごしま深海魚研究会」を発足し、鹿児島の深海魚の美味しさ、魅力を発信しています。その原動力の根幹に、地元の海、水産業への思いがありました。

捨てられていた深海魚は、実は普通に美味しかった

鹿児島大学に赴任した直後に、錦江湾でとんとこ漁の漁船に乗せてもらったのですが、そこで印象的な光景を目にしました。“あかえび”と呼ばれるナミクダヒゲエビにまじって、体長7cmほどの小さなエビが網に入るのですが、それを海に捨てていたのです。漁師が“しばえび”と呼ぶエビです。

理由は「しばえびは、頭を取り除かないと出荷できないから手間がかかる。しかも頭をとると量は6割に減って、二束三文にしかならない。やってられない」というものでした。

しばえびを食べてみたところ、それが、実はとても美味しかった。ちょうど甘エビ(ホッコクアカエビ)のようにとろっとして、甘みがあります。「これはもったいない」。私の鹿児島の深海魚との出会いはそのような形で始まりました。

深海魚「ヒメアマエビ」「トントコシロエビ」を命名

約30年前に鹿児島鹿児島大学水産学部に赴任し、水産資源生物学という、魚介類の分布特性や産卵期、成長の推定、水産資源の有効利用などの研究を主にしています。

約10年前、地元でしばえびと呼ばれ、標準和名ではジンケンエビと認識されていた錦江湾のエビが、実は、ジンケンエビとは別の種であることを発見しました。その種を、甘エビ(ホッコクアカエビ)と同じ科に属すること、体長が小さかったことから”ヒメアマエビ”と私は命名しました。

ちなみにトントコシロエビという錦江湾で獲れる日本初記録のエビも私の命名です。どちらも深海性の甲殻類で、私は錦江湾の生き物に強い関心を持つようになります。

内湾でありながら深海を有する錦江湾は日本で唯一の海です。私は鹿児島に赴任する前、東京湾のシャコの研究をしていましたが、東京湾は水深30〜40mの海。一方、錦江湾は237mあります。「鹿児島らしい研究が出来るかもしれない」と、私は錦江湾の可能性に期待を感じました。

「かごしま深海魚研究会」が深海魚の魅力を全国に発信

2020年8月、水産物仲卸業の田中水産、南さつま市と連携して立ち上げたのが「かごしま深海魚研究会」です。

水産業に関する幅広い知識、経験を持つ田中水産と、深海底曳網(たかえび漁)が盛んな野間池漁港を持つ南さつま市、そして教育研究職の私がそれぞれの強みを活かし、深海魚の魅力を発掘、発信しています。

活動では、第一に「深海魚は美味しい」ということを県内外へ発信したいと思っています。そして、普段、錦江湾の漁師の網にかかっても捨てられてしまうような深海魚を、みなさんにもっと食べてもらいたい。ゆくゆくは、このような深海魚が日常の食卓に当たり前に上るような、末長い食文化を築いていきたい。

しかし、活動を展開する中で、私たちの目標には現実とかなりのギャップがあることに気付きます。「深海魚は美味しい」。その言葉を耳にして、一般の消費者の頭上にはクエスチョンマークが浮かぶのです。「深海魚を食べる? 食べるの?」というふうにです。

美味しさを伝えるには、”マイナスイメージ”の払拭が先決

深海は陸上で生活する私たちにとって一番遠い世界です。そこに人々はミステリアスな興味を感じてはいるものの、深海魚については「グロテスク」「へんてこ」「気味が悪い」といった印象が先行し、一般的にそこに”食べる”の選択はありません。

これでは深海魚の美味しさをいくら言葉で伝えても、消費者には”響かない”ということを「かごしま深海魚研究会」の活動で痛感しました。

例えば、私は阪神タイガースのファンですが、子どもの頃甲子園球場で試合を観戦するときは、試合はもちろん、阪神グッズを買ってもらうこともとても楽しみでした。

このように甲子園なら、それがたとえ売れ残りでも、私のような阪神ファンがグッズを喜んで買い求めることだと思います。しかし、阪神グッズを東京ドームで売るとするならどうでしょう。同じグッズでもファンが違えば売れません。つまり”興味がないものを人は買わない”ということ。

翻って鹿児島の水産業。元々、水産業に関心の薄い人、高い人がいますが、水産業の活性化のカギはここにあります。人々の水産業への関心をもっと高めることができなければ”活性化の萌芽は生まれない”ということです。ストーリーはもちろんのこと、相手目線のプレゼンテーションが大事なのです。

待ったなしの漁業の窮状。解決の糸口へ、妙手

鹿児島の漁業は今危機に瀕しています。具体的には漁師の高齢化と後継者不足です。今、漁師は50代が若手と呼ばれる時代ですが、現役の漁師は自分の子ども達に漁師という職を勧めません。職業として厳しいからです。

「昔に比べて水揚げされる魚が減った」。その言葉だけを掬って「乱獲のせいでしょう」と簡単に言う人がいますが、それは漁業者を非難することになります。そして、それは必ずしも正しいとはいえません。科学的な裏付けがないまま”乱獲”で現状を片付けてしまうのはあまりにも無思慮です。それでは漁業者に立場はありません。新規加入が激減している現状から、“乱獲”されているのは漁業者だといっても過言ではありません。

乱獲のみならず、現在は漁業が安定して、うまく後継者が育ち、市場が充足しているという産業の好循環の流れが出来ていないことも危ぶむべきです。漁業の前に、まず漁師がいます。漁師がいなくなっては資源管理の必要もない。漁師の不足は水産業の衰勢に直結しているのです。

後半に続く

プロフィール
大富 潤/鹿児島大学水産学部教授
兵庫県神戸市生まれ。東京大学大学院農学系研究科水産学専攻博士課程修了。専門は水産資源生物学。甲殻類や魚類の生態、資源管理、食育に関する研究と教育を主に行いながら「地元の水産業を活性化するためには、水産資源を研究するだけでなく、地元市民(消費者)が海を向き、海を知ることも必要である」という考えのもと、講演活動、幼稚園や小・中・高等学校での出前授業、漁業体験講座や市民講座などの企画と実施にも力を入れる。「かごしま深海魚研究会」代表。

主な著書
『かごしま海の研究室だより』(南日本新聞社)、
『エビ・カニ類資源の多様性』(共編著、恒星社厚生閣)、
『水産動物の成長解析』(共著、恒星社厚生閣)、
『東京湾 人と自然のかかわりの再生』(共著、恒星社厚生閣)、
『最新水産ハンドブック』(共著、講談社)、
『九州発 食べる地魚図鑑』(南方新社)、
『旬を味わう魚食ファイル』(南方新社)、
『エビ・カニの疑問50』(共著、成山堂)。
学術論文多数。